日本の文化・木造建築が~

http://www.asahi.com/national/jiji/JJT201202010124.html

森林の木、内部に放射性物質=福島・南相馬で高濃度―東京農大
 東京電力福島第1原発事故で放出された放射性物質が、森林に与える影響を調査している東京農業大学の林隆久教授(木の遺伝子工学)は1日、福島県内3市町の森林の樹木を調べた結果、内部から放射性セシウムを検出したと発表した。最も数値が高かったのは南相馬市のスギで、1キロ当たり2300ベクレルだった。

 調査は昨年9月から12月、南相馬市と相馬市、新地町の計7カ所のスギなど30本前後を対象に実施。厚さ2ミリ程度に輪切りした木を、X線フィルムに密着させて感光するオートラジオグラフィー法で内部の放射性物質を確認した。

 年輪ごとに削り、セシウム濃度を計測したところ、最高で2300ベクレルを検出した。対象のうち7本前後は検出されなかったという。一方、表面の樹皮で最も高かったのは南相馬市のヒノキで、同9万5000ベクレルだった。

 林教授は「セシウムの気化や木材として使われることを考え、何らかの基準を作るべきだが、線引きは難しい」と話した。 


[時事通信社]


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ケムトレイル

ケムトレイルの説明

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B1%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%83%88%E3%83%AC%E3%82%A4%E3%83%AB

全く余計なことをしなくても良いのに、インフルエンザの菌を上空から撒いているとか。

問題なのはこれね。


新型インフル、知事が外出自粛・集会中止要請も
読売新聞
2012年1月17日20時08分
政府は17日、新型インフルエンザの流行に備えて通常国会に提出を予定している特別措置法のたたき台案を公表した。
都道府県知事が不要不急の外出の自粛を要請したり、集会中止の要請や指示を行うことなどが柱で、違反した場合、罰則を設けることも検討するとしている。
同案によると、政府は新型インフルエンザの流行時に、都道府県を対象区域として1〜2年間、緊急事態を宣言する。対象区域の都道府県知事は、緊急措置として、医療行為に従事することや緊急物資の輸送、土地の使用などに関して要請や指示を行う。指示に従わなかった場合の罰則については「今後慎重に検討する」とした。

既に読売新聞のページは削除されています!!!
魚拓をを張っておきますので皆さんコピーお願いします!!
そして皆さんのブログページに貼り付けてください!!


動画があります。

http://jzrima.blog110.fc2.com/blog-category-2.html

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傷ついてる幼子

昨日、被災地にボラに行ってる人の話を聞いた。

小学校迄は復興できてるが、幼稚園・保育園の復興はめどが立たないそうだ。

親世代は子供のケアーより、生活の糧を得るのにそこまでの体力気力が行き届かない。

閉じこもりになったり、会話がままならない年頃だから、心の不安定さを伝えることもできない。

幼子は表現できぬ恐怖を目の前にして成しすべもなし。

大の大人でも自然に対してどうすることも出来てない有様。

このような幼子に会えるだけでもラッキーなんだとか。

両親と言えども幼子を思いやる心が・・・。

非難は出来ない、雨露しのいで食べるだけで精一杯。

現実、東電の御見舞金を申請するにも、足便の悪い地域などタクシー使うと足が出る。

それも申請するだけでね。

都心に戻ってくると、余りにも温度差がありすぎて違和感を感じるそうだ。


被災地へのお土産をお願いした、折り紙のお雛様です。


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タバコの禁煙を真剣に考えよう。

http://george743.blog39.fc2.com/blog-entry-1113.html

『拡散希望』この4月からセシウムタバコによる放射能再拡散で、吸わない人も吸入被曝する
(日本たばこ産業株式会社 (JT) はこの4月からセシウム入りタバコを販売します。

JTは良心的な会社のようで、メールで問い合わせをした私の質問に答えてくれました。

質問内容は、「2011年3月以降、福島原発事故による放射性物質はタバコ畑も汚染しているはず。その汚染されたタバコ草も収穫をして加工し、寝かせ、出荷するのであろうが、いつから出荷するのですか。」というものでした。

それに対する回答はこんな感じでした。

「2011年度産の国産葉たばこを購買するにあたりましては、野菜類等について出荷制限または出荷自粛が行なわれた地域において耕作された葉たばこにつきまして、弊社暫定基準値を設定し、購買前検査を行なっております。

その検査結果につきましては、報道各社や弊社ホームページに発表させていただいており、2011年度内の使用予定はございません。

また、西日本地域で耕作された葉たばこ等、上記地域外の葉たばこにつきましては、一部の葉たばこ処理済品といたしまして使用しております。

 たばこは食品ではございませんが、弊社暫定基準値につきましては、政府が食品に設定した暫定基準値を参考にして、たばこが煙として吸うものであることを考慮のうえ、弊社にて検討し決定しており、仮に製品中にこの暫定基準値相当の放射性物質が含まれている製品を喫煙されましても、放射性物質による健康影響はないものと考えております。」

・・・・続きは読んでね。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

とうとうここまで来た。

タバコを吸う方の問題だけに収まらず、犯罪者に加担することになる。

愛煙家の人が、禁煙するのはとても辛いこと。

病院の禁煙外来も患者さんが増えたそうです。

日本禁煙学会

http://www.nosmoke55.jp/action/1110polonium.html

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初雪

昨日は朝早くから空から白いプレゼント。

都心ではうっすらと雪化粧程度で、温度は急激に下がり寒かった。


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緊急速報:武田邦彦氏より

速報 福島中心にセシウム急増  マスク必要!!


文部科学省が1月6日に発表した福島県、並びに他県のデータを見ると、福島県および関東一円のセシウム降下量は、事故後とほぼ同じぐらいのレベルに達しています。原因は不明ですが、とりあえず、マスクをする必要があります。


今、緊急に調べています。結果がでたらすぐブログに上げます。念のための措置ですが、お子さんをお持ちの方はあまり外に出ないように。データの信頼性もチェック中です。

データは危険なレベルです。マスコミが報道していないのは不思議ですが、1平方キロメートルあたり100メガベクレルを超えていて、かなり危険です。逃げる必要はありませんが、マスクをして外出は避けてください。

しばらく後に葉物野菜が汚染されます。(データが正しければ)


(平成24年1月6日)

武田邦彦氏のブログです。

http://takedanet.com/

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明けましておめでとうござます。

本年も宜しくお願いいたします。

元旦の日に、お天気にも恵まれたので近所の氏神様に初詣に行ってきました。

例年なら、長く行列が出来ているのに、今年は閑散としており境内には数えられるくらいの人。


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新年明けましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いいたします。

元旦に地元の氏神様に初詣に行ってきました。

例年ですと境内のした、お参りする人の長い行列が出来ているのに、今年は閑散として境内も静かでした。


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その足で近くの等々力渓谷からお不動さんに。

この階段を降りると渓谷です。


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滝不動です。


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帰路寄り道をしてお土産を買ったのが「菱花びら」です。


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やはり、炭は良いのだ。

http://goldentamatama.blog84.fc2.com/
原発情報 炭を食べよう

さて、東京のホットスポットなどに住んでる人は疎開しろ!と引っ越しすることを奨めてますが。
どうしてもすぐ引っ越せない人でも、たった今からでも内部被曝を抑える生活はできます。できるだけ産地に気をつけて食品を買うのもそうですが、既に体内に入ったものを排出するというのもそうです。
スピルリナについては前に紹介しました。

このブログでは、3月時点で炭についても紹介しています。
新しい読者さんは知らないようなので、もう一度書いておきます。
炭は多孔質構造体といって、無数のミクロの微細な穴を持つ構造になっています。
・・・・・・後は読んでね。

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えっ 本当なの?

スキャンダル:日本政府震災用寄付金を捕鯨に転用

ソース:Skandal: Japanische Regierung verwendet Fukushima-Hilfsgelder für Walfang

日本政府は2011年3月以降地震と津波にょる災害復興のために寄せられていた義捐金を捕鯨に使用していた。環境保護団体グリーンピースの非難に対して水産庁は水曜日東京の会見で、この事実を公式に認めた。水産庁広報担当官の中奥達也によれば22億8千円が捕鯨船団の安全補強のために使用された。

”捕殺数の安定化を目指す”

寄付金は捕鯨に依存する沿岸地域の復興に使われると言う。そうした地域では食品加工工場の修復などが必要とされる。さらに「この地方では多くの人々が鯨肉を食べます」と中奥は付け加えた。十月末日本政府は今年三度目の大型復興補正予算を成立させた。追加された12兆1千億円の内訳には漁業費として4千9百89億円が確保され、そのうち22億8千円が「科学調査捕鯨の安定」に当てられた。

法の目をくぐって行われている日本の捕鯨

12月6日火曜日、日本の捕鯨船団は毎年行われる捕鯨のために南極海に向かって出発した。
1986年、国際捕鯨委員会(IWC)は商業用捕鯨の一時停止(モラトリウム)を決議した。しかし日本はこの協定の抜け穴を利用し、公的には科学調査を目的として鯨の捕殺を続けている。そしてそれによって入手された鯨肉は堂々と店頭やレストランで売られていることを日本は隠しもしない。

900頭の捕殺が予定されている

今シーズンの日本の捕鯨船団の目的はミンククジラやその他のクジラ900頭の捕殺である。水産庁は安全保障を理由に、今回は捕鯨船団の規模も捕鯨スケジュールも公表していない。先シーズン日本の捕鯨船団は動物保護団体シーシェバードによる妨害行為が増加したため、捕鯨の中途放棄を余儀無くされた。今回は沿岸警備隊が捕鯨船団を護送し、妨害行為からの「防護」を行うことになっている。

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見たことありますか?

http://youtu.be/QGH08OyQXg4

http://youtu.be/9DyUMTuDb0g

以前にここまで分析されていないのを見た。

ボリューム上げるとよく判ります。

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東海アマさんの講演会

東海アマさんの話

結論から言うと、日本が壊れたから「福島原発事故」が起きた。

もう既に政府が機能できなくなっている。


日本は一極集中のシステム、しかも今は、コンピューターで制御している。

制御出来なくなったら、全ての機能が失われる。

日本だけならまだ良いが、世界中が壊れてきている。

特にアメリカの壊れ方は、人間を生き物としてみていない。

追従するかのように日本も右ならえだ。


福島県民の被爆者たちは、まともな治療はしてもらえない、データーを残すだけ。

TPPが導入されたら、もっと酷いことになり、お金のない人の治療は拒否される。

福島原発の保険が来年の始めに切れ、どこの保険会社も契約を拒否してるそうな。

すると、福島原発の一切の仕事が出来なくなり、放射能は垂れ流しで、再度の爆発の恐れがある。

三号機には莫大な燃料が残っていて、これが何時暴走するか心配されている。

万が一のことがあれば日本そのものが消滅する。

日本が鎖国を説いたことにより、人間の皮を被った者達にレールをひかれていった。

そう、お金に目がくらみ、人の上に人を作り始めた。

良い意味の「侍」を消し去ったのだ。

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東電が“原発抜きの夏”を試算

東電が“原発抜きの夏”を試算

2011年11月22日(火)17時32分配信 共同通信

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 東京電力が来年の夏に向け、保有する全ての原発が東日本大震災の影響や定期検査で停止しても、火力発電や揚水式発電の増強により、今夏の最大供給力を上回る約5700万キロワットを確保できるとの試算をまとめたことが22日、東電関係者への取材で分かった。東電は福島第1原発事故後も「原子力は重要な基幹電源」との立場を変えていないが、実際には原発がなくても計画停電などの影響が出ない可能性が高い。

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北の丸公園散策

昨日、所用の帰りに旧江戸城・清水門から武道館の前を通り、田安門に抜ける所を歩いてきました。


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被災地がれき 東京で処理始まる

被災地がれき 東京で処理始まる
11月3日 12時13分

東日本大震災で出たがれきの一部を被災地以外で処理するため、岩手県宮古市から運び出されたがれきが3日朝、東京に到着しました。都内の処理業者の施設では、埋め立てに備えてがれきを細かく砕くなどの作業が始まりました。

宮古市から運び出されたがれきを積んだ貨物列車は、2日夜、盛岡市を出発し、3日午前7時すぎに東京・品川区の貨物ターミナル駅に到着しました。コンテナに入ったがれきは近くの処理業者の施設に運ばれ、業者が木くずやガラスなどを燃えるものと燃えないものとに分別したり、細かく砕いたりしていました。また、がれきを鉛の箱の中に入れた状態で放射線量の測定が行われ、東京都が決めた目安の1時間当たり0.01マイクロシーベルトを大きく下回っていることを確認しました。がれきのうち燃えるものは今月6日以降に焼却されて、その後、東京港の埋め立て地に埋め立てられ、燃えないがれきもそれ以降、同じ埋め立て地に埋め立てられます。東日本大震災で出たがれきが被災地だけでは処理しきれないなか、東北地方以外でがれきを受け入れるのは東京都が初めてで、都は平成26年3月までに被災地から合わせて50万トンのがれきを受け入れることにしています。東京都一般廃棄物対策課の今井正美課長は「一歩ずつ着実に処理を進めるが、懸念の声もあるので、放射線量の測定結果を公表するなどして丁寧に説明していきたい」と話していました。


東海アマさん情報:twitterより
東京のみなさん、ヒマならJR東京貨物基地に計測にいってください→被災地からの瓦礫到着。トラック、コンテナ周辺はすでに35マイクロシーベルト以上。場所はJR東京貨物ターミナルです。本日は絶対にマスクしてください。

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庭の菊

ようやく庭にも花が咲きだした。

この菊の花びらが可愛いでしょう。


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松茸

年に一度、和歌山に嫁いだ妹が実家に送ってきます。

当然、地元で採れたものです。


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瑠璃やなぎ

実の所、花の名を知らずに珍しいので写してきた。

友達に花の名を教えてもらい初めて知った。

http://aoki2.si.gunma-u.ac.jp/BotanicalGarden/HTMLs/ruriyanagi.html


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キンモクセイ

キンモクセイですが、咲きかけの時に香りがしてくるようです。

近所に見かけるようになり、我が家のはどうだろうと見たときは不安だった。

今年も良い香りを漂わせてくれた。


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彼岸花

少し前に写しましたが、家の近所に群生してます。

毎年、同じ場所に元気に顔を出してくれるのは嬉しいです。


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かくれんぼ

長いこと放置してました。

今年の夏は半分は病院のベットでした。

思いもよらぬ病に冒され左の肺の半分を切除(気管支拡張しょうとの事)

福島原発のことが気になって仕方がありませんでした。


テレビ&新聞では報道されないが、東京の食材は東北のものが主流。

昨年の今頃は食べたいものを腹いっぱいが懐かしいです。


ここで一息


我が家の猫ですが、妙なところに身を潜めています。

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分かりますか?


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武田邦彦 氏のブログより

誠実な社会を取り戻したい・・・牛乳と柏市の放射線


チェルノブイリでは原発から少し遠いところの牛乳を飲んだ子供たちから大量の甲状腺がんがでました。


このことがあるので、私も牛乳については慎重に調査をしていましたが、どうも危険なようです。


事故直後は、北海道産の牛乳は北海道産でしたが、今では、福島、茨城、千葉の牛乳は大量に西日本に送り、そこで、「汚染された牛乳」と「綺麗な牛乳」をまぜて、ベクレルを規制値以内に納めていることも分かってきました。


つまり、政府が「規制値を下回ったものを拒否するのは風評」と言い、それにのって業者が「混ぜてベクレルを下げる」ということをしているのです。


もちろん、政府も業者も「罪の意識」がありますから、発表しませんし、マスコミの調査も隠されているようです。悪いことをしているという気持ちはあるのです。


牛乳は産地が限定された少し高めの牛乳を買ってください。


・・・・・・・・・


【業者の方へ】


原発近くの牛乳を西日本に運んで、放射性物質を薄めていることを自ら発表してください。


食材の安全と安心を得るには「正直で誠実」であることだけが求められます!!


汚染された牛乳を飲む子供たちとともに。日本の酪農業には大変な打撃です!!


・・・・・・・・・


千葉県柏市の焼却灰に7万ベクレルの放射性セシウムが検出されました。


おそらく半減期が短いヨウ素はそれほど無いと思いますが、ストロンチウムは測定されたかどうかは不明です.


いずれにしても、福島原発事故当時から柏市の放射線量はたかく、放射線のチリが柏市に流れたのは間違い無いと思います.


このことは早くから柏市にある東大やがんセンターの測定値が示していましたが、柏市は頑として市民の声を聞かず、「被曝してくれ」の一本槍でした。


かくして対策は遅れ、市民が除染したものが、焼却灰に入り、その処理に困っています。3月から対策を練っていたら、今頃はいろいろなことが解決していたでしょう.


東電がばらまいた放射性物質からの被曝を市民から守るのが市であり、被曝させるために柏市があるわけではありません。


そして焼却灰に放射性物質が入った原因を「市民が被曝を避けるために除染するから市が迷惑を被った」と発表するのですから、いったい誰の税金で市を運営しているのでしょうか?


・・・・・・・・・・


【柏市にも誠実を求めます】


柏市の役人の人。これまで市民が高い市税を払って暮れていたのですから、せめて被曝を避けるように全力を尽くしてください。


・・・・・・・・・


誠意のある日本、それこそが私たちが子供たちに引き継ぐべき大切なことでしょう。


(平成23年7月11日 午前9時 執筆)


武田邦彦

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武田邦彦氏のブログより

http://takedanet.com/2011/07/post_685c.html

「節電」は本当に必要なの?(4) 日本人は劣っている?!

アメリカの電力生産総量は8億キロワット、日本は1億8000万キロワットである。


アメリカの人口は3億人、日本は1億2千万人だから、アメリカ人は一人当たりの電気の使用量は2.6キロワット、それに対して日本人は1.5キロワットである。


日本人一人当たりの電気の使用量は、アメリカ人の1.8分の1だ。なぜ、こんな貧弱なことで、なぜ日本人は我慢しているのだろうか?


・・・・・・


もちろん、「電気を使ったら幸福になる」と言っているのではない.


電気を節約したい人も、明るいところで陽気に人生を送りたい人もいるし、給料の範囲で電気を大いに使った人生が良いと思っている人もいるだろう.


人生の過ごし方、その人の幸福というのは、万人が同一ではない。そして「電気を使うこと」は「悪いこと」でもない。


電気を使わなければ、お金が余るから、その人はお酒を飲むかも知れないし、美味しいレストランに行くかもしれない。


電気、お酒、レストラン・・・それがその人の給料の使い方として正しいかを決めるのはあまりにも傲慢だ。


「電気はエネルギーを使うから」というのも間違いだ。お酒もレストランもふんだんに電気を使っている.


だから、国民に電気を供給できるということは、国民側から言えば、それだけ人生の選択の幅が増えるのだから、良いことである.


それなのになぜ、日本人はアメリカ人の2分の1ほどの電気しか使えないのか?それをさらに15%も削減する必要はなぜあるのか??


・・・・・・・・・


日本のエリートの中には「白人崇拝、日本人蔑視」が染みついている人がいる.それが個人の生活だけに及ぶなら良いが、「アメリカ人は高等民族だから2.6キロワットでもよいが、日本人は劣等民族だから1.5キロワットでも多すぎる」ということを日本人全部に強制する傾向がある。


温暖化騒動の時もそうだった。アメリカ人が日本人よりCO2を2倍も出しているのに、「アメリカ人は良いけれど、日本人はアメリカ人の犠牲になるべきだ」という識者が多くて、手を焼いた。


・・・・・・・・・


日本文化は世界に誇るものだし、20世紀の前半、少し海外に軍隊を派遣したことはあるが、アメリカほど長期間、大規模に他国を軍で抑えるようなことはしていない。


2000年に歴史、伝染病の少なかった日本社会、ほとんどの民衆が平等で階級制が発達しなかった日本・・・そんな面から考えても日本人がアメリカ人に劣ることはない。


・・・・・・・・・


もともと日本の電気代はアメリカの3倍と言われる.


もともと日本人はアメリカ人の1.8分の1しか電気を使っていない。


電気が足りなくなったとしたら、東電のミスである.


それなのに[電気を15%削減できなかったら罰則]というのは、政府が溢れるほどのお金を東電からもらっているからだ。


しかも、東電の電気生産能力はたっぷりあるのに、放漫経営で電気をだせないに過ぎない.


・・・・・・・・・


私たちの電気代から、政治資金、マスコミ対策資金、御用学者研究費をだし、社会をコントロールすることに私たちは寛容であってはならない。


絶対に節電に協力してはいけない。また電力は増長する.


(平成23年7月8日 午後3時 執筆)

武田邦彦


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菅、福島の子供“見殺し”「問題ナシ」決め付けていいの? (夕刊フジ)

菅、福島の子供“見殺し”「問題ナシ」決め付けていいの? (夕刊フジ)
 
福島市の子供10人の尿から放射性物質が検出された問題で、高木義明文部科学相は、健康に悪影響はないとの認識を示した。しかし、医療の専門家は「無責任な発言だ」と猛反発している。たった一度の検査で「問題ナシ」と決めつけたのは、都合の悪い情報を隠蔽し、目を背け続ける菅直人政権の姿勢を象徴している。

 「詳しくは健康診断しないといけないが、ただちに(健康に影響が出る)というものではない」

 高木文科相は1日、閣議後の記者会見でこう述べた。

 尿は、福島県内の市民団体が5月下旬、6~16歳の男女10人から採取し、チェルノブイリ原発事故で周辺の子供の被曝量を調査したフランスの放射線測定機関に検査を依頼。全員から微量の放射性物質が検出された。

 放射線医学総合研究所の試算では、この子供たちが70歳までに受ける線量はセシウム134が7・8マイクロシーベルト、セシウム137が8・9マイクロシーベルト。一般人の年間被曝限度量1ミリシーベルト(1000マイクロシーベルト)よりはるかに低いというのが、問題ナシの根拠だ。

 果たして信用していいものか? 医学博士の中原英臣氏は「現段階で断定的に言うべきではない。無責任な発言だ。今回の事故はまったく未知の世界。問われているのは5~10年先のことで、ただちに影響がないのは当たり前」と憤慨した。

 「汚染のない地域に住んでいれば『問題ナシ』と言えるが、子供たちは事故のあった原発から遠くない地域にいる。文科相は会見で『これから徹底した追跡調査、経過観察を行います』と言うべきだった。今は放射能の影響を受けやすい子供の検査を早急に実施しなければならない」

 原発事故の発生後、枝野幸男官房長官が「直ちに影響はない」と繰り返したように、菅政権は一貫して国民の健康被害を軽視してきた。

 原子炉の状態も「メルトダウン(炉心溶融)ではない」と言い張っていたが、結局は、メルトスルー(溶融貫通)というさらに深刻な状況だったことが発覚。国民からは「現政権の言うことは何も信用できない」との声が多数あがっている。

 子供を“見殺し”にする政権に、将来を語る資格はあるのか。

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アジサイの開花

アジサイの花のように見てるのは「額」です。
開花と言われてるのはこれです。


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ゆり

毎年、同じ場所に植えてますが、今年も花を咲かせてくれました。


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今日も雨☂です。

昼過ぎから予想通り 雨 雨

我が家の庭木にいました、そこでピッタリなものに登場を願おう。


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あじさいの花

毎年書いてるので知ってますよね。

額あじさいが一番判りやすいです。

開花前


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開花


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久方の更新です。

3.11の震災以来、落ち着かない日々が続いてました。

4月17日に急遽実家に引越しをしました。

高齢の両親との同居です。


医者担当のネネにも、我が家の猫もすっかり馴染んでます。


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近所に紫ツユクサを見かけたら、色を確かめてください。

放射線を浴びると、紫から白い花に変わるそうです。


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Twitter始めました。

http://twitter.com/#!/38nene

フォロ-してくださいね。

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東海アマさんからのアドバイス

福島第一原発は1.2.3号機いずれもメルトダウンの危機。東電は倒産が確実。

未曾有の放射能災害だ。とにかく子供たちを逃がせ!
 

明日には関東も汚染される。水源地が汚染されれば水道供給も困難に。

東北穀倉地帯が壊滅したので食糧不足は絶望的事態に。
 
買えるうちに玄米を備蓄し、多重密封して使い捨てカイロで酸素遮断し保管すること。


ツッタ-より

http://twitter.com/tokaiama

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すぎやま こういち 氏の講演

http://nakayamanariaki.cocolog-nifty.com/blog/

「この素晴らしい国 日本を守ろう」
作曲家 すぎやま こういち

<今、日本は日本軍と反日軍の戦い>
 今、政治の世界、メディアの世界を見ておりますと、本当に日本だけの特殊な現象だと思いますが、日本の中に反日の日本人が相当数存在しているのです。私は、こうした実態を説明するときに「今の日本は、日本軍と反日軍の内戦状態にある」という言い方をしますが、現在の日本の危機的な状況を理解して戴くには、その方が判りやすいと思って敢えてこうした表現にしています。
 その意図とするところを申し上げますと、諸外国を見た場合、例えばアメリカの政治の世界でも時の政権に対して断固反対の行動を起す政党や政治家、民衆がいる。しかし、政策に反対する勢力であっても、彼らは決して反米ではないですね。つまりアメリカの政治或いはメディアの世界では、大議論を戦わす勢力の争いであったとしても、どちらも決して反米ではなく基本的には愛国者のせめぎ合いなのです。こうした構図は一部の国を除いては、ごく普通のことだと思います。
 ところが驚くべきことに日本では、愛国心のない反国家勢力の所謂「反日」の日本人が大きな勢力を持っていて、政治やメディアをはじめ教育界等あらゆる世界に存在しています。これは日本だけの異常な状態で、反日の彼らが最終的に目指しているものは、日本という国の解体です。こうした勢力からなんとか日本を守るために、我々普通の国民である「日本軍」が奮起しなければならないということを常々訴えております。
 今、我々が早急になすべきことは、こうした日本の現状をしっかりと見極めて、政治の世界でも日本のことを本当に憂いて、毅然と行動する日本軍を応援するということなのです。それから新聞・メディアでも反日軍のメディアはなるべく購読しない。反日軍が何を考え、何をしようとしているのかを知るためには必要かもしれませんが、とにかく反日軍を応援してはならないと思います。

<日本が狙われています>
 近年こうした反日勢力の動向の中で、非常に危惧していることがあります。それは「日本解放第二期工作要綱」というもので、内容は日本転覆を図る計画書なんですが、非常に厳密な計画がなされていて、こうしてこうすれば、日本を転覆できるという手順が詳細に書かれています。この文書の出典は諸説あって明らかとなっていませんが、約40年前に書かれたものであるにもかかわらず、現実に日本で起こっていることとあまりにも符合しています。これを見逃すことはできません。不気味でさえあります。
 注目すべきはこの要綱について、国会議員はもちろんのこと評論家などの有識者やマスコミの多くが、その存在を熟知していると言われている事です。
 「日本解放第二期工作要綱」の一番最初の第一期目標には日中国交正常化ということが書かれています。昭和47年日中国交正常化が樹立して、これで第一期目標が達成。そこからは、世論造成の為にどのように政界やメディアに侵食していくかという事が書かれていて、政治家・文化人・マスコミ・芸能人等をどんどんリクルートせよとあります。そして第二期目標は、民主連合政府の形成なんですが、これは一昨年の政権交代で目標をなし遂げたというところに来ています。これがそのまま続いていくと第三期の目標として掲げているのが、日本人民民主共和国の樹立です。日本のすべての伝統を壊してその根幹を絶つというのが最終目標で、日本の精神的支柱を完全につぶしたうえで、日本を自分たちの傘下にしようというのが最終の狙いです。

<日本を守るために若い世代が立上がれ>
 この要綱を見ていると、第二期目標の民主連合政府樹立というところまで着々と進んでいるので、何とかその先を防がなければと奮起していますが、その一番の対応策として前回の衆議院選挙では、残念ながら落選してしまった国想う政治家の方達に、是非とも国政の場に戻って戴かなければならない。現在、私はその実現に向け「国想う在野議員の会」(会長 前衆議院議員 中山成彬・たちあがれ日本)という会に参画して日本再生という目的達成のために奮闘しているところです。
 二つ目の対応策として考えられるのは、インターネットです。「日本解放第二期工作要綱」で、唯一計算に漏れているのが、このインターネットで、さすがに40年以上前には、こうしたものが世界に普及するとは予想していなかったと思います。
 近年、インターネットに触れている若い世代が、日本のおかしなところに徐々に気付き始めています。その一つの表れとして、靖國神社に参拝する人達が増えている。特に若者が目立ってきていることにも繋がっていると確信します。この要綱にあるような謀略に対抗して、歯止めをかける有効な手立ての一つとなり得るのがインターネットでしょう。私はこのインターネットの力も借りて何とかこの国難を回避したいと念願しています。

<英霊に対する尊敬の念を持とう>
 日本は今や中国の属国のようになってきていますが、それがさらに進んで植民地になるのだけは、絶対に阻止しなければならない。そして、早急にこの現状から立ち直る運動を推進していかなければいけないと思っています。
 そのために掲げる対応策としては、やはり国を想う心、国を守ろうという心を若い世代を中心に全ての国民に持って戴くことが必要です。さらに大切なことは、国のために命を捨てて戦った人を敬い顕彰するという精神、これをなくしたら国は守れません。世界中どこの国でも、その国を守るために命をかけた人は尊敬されるし顕彰されている。だからアメリカにもアーリントン墓地があるのですが、日本の政治家がアーリントン墓地に参拝して靖國神社に参拝しないのは、とんでもないことです。
 今、靖國神社は中国の外交のカードの一つになっています。これを巌としてはねつけるために、逆に靖國神社に日本の閣僚や政治家が参拝することを、こちらのカードにしなければいけない。日本の政治家は何のために政治家になったんだ、「国を守るために」という意識があまりにも薄い政治家が多すぎます。そうした意味からも本当に靖國神社の存在が重要で、我々に日本の国を守る意識を取り戻させ、守らなければならないものを教示してくれる日本人の精神的な聖域であると思います。
 それから国を支えるものとして、経済はもちろん大切です。国民が生活に窮するようでは困りますが、それはすべて国家の安全保障があってのことだと思います。いくら経済活動でお金が儲かっても、日本の国家がなくなってしまったら全てがゼロになってしまいます。経済の問題にしても、教育や社会保障など国の抱える問題はいろいろありますが、そのすべては国家の安全保障が前提であるということを、しっかり認識しなければいけないと思います。その辺りの道理がまったく抜けてしまっている。
 毎回選挙のたびに経済問題が争点の中心になっていますが、そのたびに私は「各政党や候補者の話は、お金の話ばっかりじゃないか」と言って怒るんです。お金の話ばかりで、これで国が成り立つのかと思う。
 さらに忘れてならないのは、人権侵害救済法案や永住外国人への地方参政権付与、これには絶対に反対です。国を滅ぼすもとです。選択的夫婦別姓制も叫ばれていますが、この法案の次には、戸籍制度廃止法というものが出て来ます。
 旧ソ連が共産革命で真っ先にやったことが家族解体です。それが共産革命の第一歩ですからこれらの法案の成立は非常に恐ろしい事だと思います。

<日本独自の精神性と文化を守り伝える>
 これから日本再生のための一番大きなカギは、お金お金という状態から日本国民が脱して、「我々は誇りある日本国民なんだ」、「日本というすばらしい国を未来に向けて何とか守っていこう」という精神的支柱を立てること、これが立てられるか否かが再生のカギでしょうね。精神的な支柱をしっかりと打ち立てることができればプライオリティー、優先順位としてお金がトップには来ない。日本の国をどうするか、これがやはり一番にあって、その上でお金の話ならいいでしょう。
 その精神的な支柱の中心になるものは、靖國神社に祀られている英霊の御心はもちろんのこと、神道や仏教、武士道等の精神性、茶道や華道をはじめ日本古来の伝統文化などいろいろありますけれども、日本の歴史と伝統に育まれた独自の精神性と固有の文化を、優れた価値あるものとして国民が再認識していく、そのうえでそれを守り伝えていくという気概を持つことが、日本再生の一番のカギだと考えております。

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悲しい歴史

http://www.geocities.co.jp/NeverLand/8947/aoba.htm
青葉慈蔵尊由来記

あなたは知っていますか。

赤十字看護婦として従軍し、

終戦後に異境の地満州で悲しくも壮絶な

自決を遂げた大和撫子たちのことを。

何故に、若き乙女たちは死を選んだのかを。

何故に、この慈蔵尊が建立されたのかを。

●青葉慈蔵尊由来記
 ―従軍看護婦団の悲壮なる自決―

痛恨の事のみ多き大東亜戦争の中で最も憤ほろしく許せないのは、米軍の原爆投下とともに、それ以上に、日ソ中立条約の有効を信じて対米和平の斡旋さえひたすら頼み込んでいたその相手ソ連から、背信の火事場泥棒に続いて加えられた史上未曽有の悪魔的惨虐であり、何よりも痛ましいのはその鬼畜の蛮行に曝された女性たちの悲劇であった。

 昭和二十一年六月、ソ連占領下の満州の長春でソ連軍の蛮行に抵抗して純操を守り抜いた従軍看護婦の集団自決は、その中の一つの事実であるが、あの時期における全ての受難同胞を代表して実に見事に日本人の魂を犯すべからざる威厳を示した、永遠に語り継がれるべき悲歌である。

〇卑劣なる悪魔の毒牙

 八月九日、突如ソ連軍の侵略が開始されるや、満州東部国境に近い虎林の関東軍野戦病院に軍医である夫と共に勤務していた堀喜美子婦長以下三十四名の従軍看護婦は移動を命ぜられ、一週間の強行軍を経て当時の首府新薪、今の長春に辿り着いたが、その日、八月十五日、そこで日本の降伏を知った。ソ連軍の南侵は急速であり、すでに中共軍も入って来ている。覚悟は出来ていたものの、栄えある白衣の天使が一転して虜囚の身である。
 これからどうなるのか誰にも判らなかった。殊に夫、堀軍医中尉と今生の別離になるとも知れず離れ離れとなった堀看護婦長に、男女二人の幼児が残されたのである。

 暗澹たる日々であったが、長春の通化路第八紅軍病院に一ケ月二百円の給与の約束で勤務することになって、ともかく帰国の望みを抱きながらその年は暮れた。
 明けて二十一年の春、城子溝にあるソ連の陸軍病院第二赤軍救護所から三名の看護婦を応援に派遣せよという命令が婦長に伝達された。惨劇はこの一枚の命令書から始まったのである。

 看護婦長堀善美子さんはこの命令を受けた時「ただ何となしに手が小刻みに震え、ふっと曇った胸に不安の黒雲が段々広がっていく行くのをどうしても消すことが出来なかつた」と言っている。ともあれ、命令には応援は一ケ月でよい、月給は三百円を支給するとあるが、この危険を感じる所へ誰を送るか。婦長と軍医は相談の上、仕事も出来、気も利く優秀な大島はなえさん、細井たか子さん、大塚てるさんの三名を漸く選び出した。

不運な白羽の矢を立てられた三名はそれでも極めて元気に一ケ月のお別れ告げて出掛けて行ったが、予定の一ケ月を過ぎても帰って来ないうちに、同じ城子溝の病院から、また三名の看護婦追加の申し込みが来た。
 やむを得ず、荒川静子さん、三戸はるみさん、澤田八重子さんの三名が第二回目の後続として送り出された。そうこうするうちに二ケ月経ったが誰一人として帰って来ない。そこへまた第三回目の命令である。一ケ月という約束など眼中にないらしいソ連の図々しさに痛憤したものの、戎厳令下の長春で占領軍の命令を拒否したならば、長春三百人の日本人が皆殺しされるかも知れぬという恐怖があった。もうこれきりと申し合わせて、しぶしぶまた、井出きみ子さん、澤本かなえさん、後藤よし子さんの三名を送った。

 ところが、何事ぞ、厚顔無私、またしても第四回目を申し込んで来たのである。
 もはや我慢の限界であったが、しかし敗れた者の情なさ、どうすることも出来ない。やはり送る外ないと、四たび三名の女性が選ばれ、月曜日の午前中に出発することになった。それは六月十九日土曜日の夜であった。

 堀婦長が憂鬱な人選を終え八時過ぎに病院を出ようとした時、扉口によろめき倒れかかって来た傷だらけの女性がある。
 日本の振り紬をイブニングドレスに更生した肩も露な洋服をまとい、裸足で桃色の繻子の靴を片足だけしっかり握りしめている。落ち着いてよく見ると、何と第一回に派遣した大島はなえ看護婦ではないか。病室にかつぎ込んで手当したが危険は刻々と追って来る。堀婦長はこの時のことを次のように語っている。

 ≪しかし、聞くだけのことは聞かねばならないので、大島さんを揺すぶって起こし起こして聞いてみますと、哀れなこの看護婦は私の腕に抱かれながら、ほとんど意識を失いかけている臨終の眼を無理矢理にひきあけて、次のように物語るのでした。
「私たちはソ連の病院に頼まれていったはずですのに、あちらでは看護婦の仕事をさせられているのではありません。行った日から病院の仕事は全然しないで、ソ連将校の慰みものにされているのです。
 最初に行きました三人に、ほとんど毎晩三人も四人もの将校が代わる代わるやって来て私たちをいい慰みものにするのです。否と言えば殺されてしまうのです。
 私も殺されるぐらいはかまいませんが、次々と同僚の人たちが、ここから応援を名目にやって来るのを見て、何とかして知らせなければ死んでも死に切れないと考えましたので、厳重な監視の眼を盗んで脱走して来たのです」というのでした。
 聞いている私をはじめ、居残っていた病院の人たちも、その話にただ暗澹と息をのみ、激しい憤りに身内が震えてくるのを禁じ得ません。脱走した時、うしろから撃たれたのでしょう、十一発の銃創の外に、背中に鉄条網をくぐって来たかすり傷が十数本、血をふいて、みみずばれに腫れています。どんな気持ちで鉄条網をくぐって脱走してきたのか、どんな危険を冒して来たのか、その傷は何よりも雄弁に物語っているではありませんか。
 身を挺して次の犠牲者を出したくないと決死の覚悟で逃れて来たこの看護婦の話に、私の涙は噴水のように後から後から噴き出し釆ました。
 国が敗れたとしても個人の尊厳は冒すこと出来ないのではないのでしょうか。
 それをわずか七日間の参戦で勝ったというだけで、清純な女性を犯すとは何事ぞと、血の出るような叫びを、可憐な二十二歳の命が消えて行こうとする臨終の床に、魂をさく思いで叫んだのでした。
「婦長さん!もう後から人を送ってはいけません。お願いします」という言葉を最後に、その夜十時十五分、がっくりと息をひきとりました。泣いても泣いても涙が止まりませんでした。》

・・・・長いので、続きは読んでね。

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生活保護を受け働かない方が得になる状態

生活保護を受け働かない方が得になる状態はおかしいと識者
NEWS ポストセブン 3月1日(火)10時5分配信

 生活に困窮した人々に最低限度の生活を保障する生活保護制度は、受給者が2010年11月の段階で142万世帯、197万人にのぼり、支給額は3兆円を突破。いずれも過去最高を記録し、「年越し派遣村」が話題になった2008年12月以降、急増している。

 なかでも増加が著しいのは、高齢者、母子家庭、障害者、傷病者のいずれでもない「その他の世帯」。失業するなどして生活保護を受けるようになった若者も、この枠にカウントされることになるわけだ。

 生活扶助の基準額は自治体によって異なるが、東京都の場合、標準3人世帯で17万5170円。これに加え、必要に応じて住宅扶助が受けられ、医療費も無料となる。もちろん「働けない」などの理由や事情が必要だが、若者の目に“特権階級”と映るのも不思議はない。

 さらに高齢者単身世帯の生活扶助基準額は8万820円で、国民年金の月額6万3000円よりも多い。わずかな年金のなかから住宅費や医療費を捻出しなければならない国民年金受給者と比較すると、年金保険料を払ってこなかった生活保護受給者のほうがずっと優遇されているように見える。

 高崎経済大学教授の八木秀次氏がいう。

「国民年金の給付金よりも生活保護による受給額のほうが高い現状はおかしい。“国民年金を納めないほうが得だ”という考えになり、無年金で生活保護を受ける人が増えるのも当然です。また、真面目に働いても正社員でないため低賃金で、生活保護の受給額よりも収入が低いという現象も起きている。これでは“まともに働くより、生活保護を受けるほうがいい生活ができる”ということになり、日本もかつてのイギリスと同じ“英国病”と呼ばれる状態になりかねない。あるいは、一部ではそうなっているのかもしれない」

 英国病とは社会保障の充実や基幹産業の国営化により、財政負担が増加し生産効率が低下した1960年代以降のイギリスを、病理的にたとえた言葉だ。
 
 北海道、宮城、東京、神奈川、広島の5都道県では、現実に最低賃金が生活保護受給額を下回っている。八木氏の指摘どおり、これでは「働かないほうが得」。問題視されている不正受給の背景にも、こうした状況があることは否めないのである。

※週刊ポスト2011年3月11日号

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外資の土地規制

http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110210/crm11021002010004-n1.htm

外資の土地取得 水面下で進行 企業買収・経営参画…法規制の整備急務

 中国系をはじめとする外資による土地買収が相次いでいる問題で、外資が表面に出にくい形での土地取得が進んでいることが、シンクタンク「東京財団」がまとめた報告書で明らかになった。土地を所有する日本企業を外資が買収しても、土地取得時しか届け出る必要がないため、外資所有と判明しないケースなどがあるという。法の隙間を縫って進められる外資の土地取得に、専門家は「実態に合った法整備が必要だ」と警鐘を鳴らしている。

 報告書「日本の水源林の危機III」が指摘したのは、北海道や鹿児島などでの買収例だ。

 北海道伊達市と壮瞥町との境界に広がる700~800ヘクタールの森林を所有・運営していた日本のゴルフ場企業が経営に行き詰まり、昨年7月、中国人実業家の企業に買収された。

 しかし、国土法で所有者を届け出る必要があるのは、新たな所有者が土地を取得したときのみ。この森林の場合は、買収されても所有する企業名が変わらなかったため届け出は必要なく、「外資の森林取得」とはされなかった。

 鹿児島県では大連や上海、台北などと関係が深い海運会社グループが奄美大島一帯の山林買収を進めている。グループは日本人の同族経営だったが、中国人役員が経営参画。その後、事業拡大が図られた。

経営陣に外国人が入って主導権を握っても、企業の体裁が変わらない限り、日本企業として扱われる。

 グループは木材チップを生産するために、奄美大島の森林を伐採する計画を地元に提案。地元の反対に遭ったが、現在も奄美大島の森林全般を伐採対象にし、現地の山林買収を進めている。

 北海道日高町では、アラブ首長国連邦(UAE)の企業の日本での現地法人が農業生産法人を新設。周辺の生産法人を次々子会社化し、少なくとも道内7牧場を買収しているが、農地の売買を定めた農地法に外国人や外国法人について規定がないため、問題化されていない。

 外資の土地買収に対し、自民党は水源地買収への対策法案を策定。民主党もプロジェクトチームで法規制を検討し、地方でも水源地を自治体で買収したり、水源保全のための独自の条例つくりも盛んだが、規制の中身は届け出強化などにとどまっている。

 東京財団は「買収したり、経営陣に参画したりと、外資がさまざまな形で日本企業に入り込んでいるのに、法や制度が対応できていない。届け出強化だけでなく、土地制度のあり方全般への国の取り組みが重要だ」と話している。

掃除中に聞いたラジオの話でした。

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南京攻城戦

http://nezu621.blog7.fc2.com/

さて、いよいよ南京攻城戦における国際安全区(安全地帯)の掃討です。

冒頭で申し上げた通り、ここは、列強各国が公使やら新聞記者やその家族を置いている、まさに国際安全区です。

城内に残った支那人住民たちは、安全区にいた宣教師たちによって、戦闘前にこの安全区に避難していた。

ここで激戦などが行われようものなら、それこそ国際問題が起こるところです。


なにせそこには、20万人もの南京市民が避難している。
そしてその中に、国民党の敗残兵も紛れ込んだのです。

松井石根大将率いる南京城攻略隊は、南京城の占領を終えた14日から16日までの3日間、この国際安全区内の敗残兵掃討を行っています。

順に見ていきます。

まず、誰よりも敗残兵に困ったのが、安全地帯を管理する米、英、独、仏、墨などの国際委員会の方です。

委員会は、国民党の敗残兵に対し、日本側と交渉するからと言って、武器を手放させます。
そして日本側には、彼らは国際法上認められる戦時捕虜だとして、その安全を認めるように求めています。

しかし、です。
日本側としては、敗残兵たちの代表者と会ってもいないし、敗残兵である彼ら自身も自分たちを捕虜であると宣言しているわけでもない。

そこで日本側は、安全区内で国民党兵を捜索したいとのみ回答しています。

委員会側も、日本側の話の筋が通っているので、これに異議を唱えなかった。

日本側は、昭和12(1937)年12月13日の夜、下調べをし、14日、15日、16日の3日間、市内の捜索をしています。

その捜索方法ですが、これにはまず、安全区の各辻ごとに歩哨をたて、将校の指揮のもとに、整然と一軒ごとの捜索を行っています。

外国人居留区なのです。
建物それぞれは、各国のいわば領地です。
ですから、捜索にあたっても、各国の要人に失礼のないよう、きわめて慎重に行っています。

3日間の捜索の結果、約6500人の敗残兵を検挙し、トラック数台分の武器を押収しています。

敗残兵の中には、堂々と「○○部隊宿舎」と大書した看板を立てていた者もおり、彼らは大砲まで隠し持っていた。

国際委員会で武器を押収したはずなのに、大量の武器弾薬に大砲に宿舎です。
この実態に、国際委員会が反論できようはずもなく、また検挙された国民党兵も、武器を押収後は、そのまま釈放しています。

当時、この国際安全区内には、各国の新聞記者も100人あまりいて、彼らは日本軍の捕虜検挙や武器の押収の状況をつぶさに見て確認しています。

そこでの虐殺など、起こりようもないし、実際、乱闘や銃撃のような事態すらまったく起こっていません。

ただ、現実に大量の武器を彼らが隠し持っていた以上、日本側が敗残兵たちの捜索に細心の注意を払ったことは事実です。

戦後開かれた東京裁判では、この国際安全区内での日本軍の残敵掃討に対して、「戦意を失った捕虜を日本軍が虐殺した」とされています。

けれど、敗残兵たちは、いちども自分たちは戦時捕虜であると宣言したことはないし、たくさんの武器を隠し持っていた以上、日本側がそれなりの用心をするのはあたりまえのことです。

そして武器を取り上げたあとは、日本は彼らを釈放している。

そんな状況の中で、誰がどのように「捕虜」を虐殺したというのか、虐殺派の言い分は、もはや無茶苦茶というほかありません。

南京攻城戦は、上海派遣軍と第十軍によって昭和12年12月10日から行われました。

南京城に籠る国民党兵が総崩れになったのは、南京防衛軍総司令官の唐生智が、12日夜に敵前逃亡してからのことです。

日本側が南京城内に突入したのは、13日。

そしてまず、第十軍の第百十四師団は、南京入場から2日後の12月15日には、もう杭州へと転進しています。

第十軍の第六師団も、16日から転進をはじめ、蕪湖に向かっている。

さらに上海派遣軍も、
第九師団は12月24日には南京を去っています。
第十六師団も、第十九旅団は、12月20日から北支に向かっています。

その結果、南京の守備は津の第三十旅団がこれにあたったけれど、その三十旅団も、1月20日には、天谷支隊と交代しています。

これにより、1月20日には、当初の南京攻略軍は、すべて南京を去ったことになる。

そして、12月13日から24日まで、「人がいた」国際安全区内の警備を行った日本軍は、第7連隊第一大隊の790名と、第二大隊の802名、合計1592名です。

12月24日から31日までの警備にあたったのは、第三八連隊の約千名です。

そして、1月1日以降は、日本軍の歩兵による警備そのものが行われていません。

これはどういうことかというと、国際委員会側から、もう南京市内の安全は確保できたので、もう日本軍の歩哨は必要ない、と言われたことから、以降は中国人の警察官に安全区内の警備を委嘱し、日本軍はそこから手をひいているのです。

日本軍が南京城を攻略後、12月24日までは1592名、31日までは約千名の警備隊しか、そこにはいなかったわけです。

その人数で、外国人公使や世界中の新聞記者たちがいる前で、どうやったら30万もの市民や敗残兵を殺戮できるのか、事実を知れば知るほど、そんなものはまったくのでっちあげにほかならないことがわかります。

以上が、南京戦で実際にあったことのすべてです。

南京城内で、千人殺しただとか、2千人殺しただとか、10万人、あるいは30万人を殺しただとか、いろいろなことが言われていますが、南京で戦闘があったのは事実です。

城の守備兵10万人と、日本軍10万名が激突したのです。
当然、そこでは両軍ともに多くの死傷者が出た。

しかしそれはあくまで戦闘行為です。

そして唐生智が逃亡したあと、混乱した国民党兵士同士での殺し合いは、確かにあった。

一方、南京に入城した日本側は、南京城内が国際安全区を除いて、ほぼ完全に無人であったため、多くの兵士たちは、14日ないし15日には、城外に退出し、他の戦地へと去って行っています。

そういえば、いつぞや南京事件のことをこのブログに書いたら、どっかの誰かが「南京の人口は20万ではなく、100万人です。日本軍が30万人虐殺したのはありえることです」みたいなことをコメント欄に書いていました。

なるほど、南京城内の当時の人口は100万人です。

けれども、日本軍が上海を陥とし、南京に向かってくるという情報がもたらされると、南京市民たちは、難を逃れるために、ことごとく城外に脱出していた。

これにはさらに理由があって、日本軍と戦うのに邪魔だからと、国民党兵士たちが民間人の居宅に火を放って燃やしているのです。

市民は、城外に避難せざるを得なかった。

そして南京城内に残った市民は、結果として、約10万です。
これに蒋介石直下の精鋭守備隊10万が、南京城内にいた。
双方合わせて、20万人が、戦いの直前に、南京城内にいたわけです。

こうした事態の中で、国際安全区の外国人宣教師たちは、城内に残る10万の市民たちを、安全区内に避難させた。

そんな状況で、南京での攻城戦の火ぶたが切られたのです。

そして日本側は、城内の安全を確保できた部隊から、次々と他の戦地へと転進させた。

結果、国際安全区の警備にあたったのは、1000~1500だけです。

また、国際安全区の中に潜んでいた国民党兵士たちは6500人です。
日本軍は、彼らの武器を取り上げ、そこで釈放している。

治安の確保に関しては、その後は地元の中国人の警察官がこれにあたっています。

蒋介石にしてみれば、自らの首都であり、自らの最精鋭部隊を留め置いた南京城を簡単に日本軍に奪われたことが、よほど悔しかったのであろうことは、容易に想像できます。

だから蒋介石は戦後になって、、南京城戦でもっとも精悍に働いた日本陸軍の第十六師団長である中島今朝吾師団長を探し、これを殺害しようとしています。

ところが中島師団長が、その時点ですでに他界していたので、彼は報復のため、後任の谷寿夫師団長を、逮捕し、処刑しました。

このとき、もし、第十六師団が、南京城内で殺戮をしたというのなら、蒋介石は谷師団長を南京城内で殺害したはずです。

けれど、蒋介石が谷師団長をみせしめのために殺害したのは、南京城南端の雨花門の外側です。

そこは第十六師団と、国民党軍守備隊との激戦があったところです。

要するに、蒋介石にとって、報復とみせしめの場所は、第十六師団と国民党守備隊が激戦を繰り広げた雨花門外であり、虐殺が行われたとする城内ではない。

要するに、南京虐殺など、まったく「存在しなかった」のです。

日本は、通州その他で、卑劣な手段で日本を戦いに引きずり込む彼らに、いいようになぶり殺され、やむにやまれず、無政府状態だった支那に軍事進攻した。

国民党は、自分から日本軍を招いたのです。
ですから、日本軍の支那進出は、侵略ではない。

そして上海で日本軍の殲滅狙った国民党軍を蹴散らし、蒋介石の本部のある国民党きっての精鋭部隊の籠る南京も、わずか二日で攻略している。

戦いは、戦わないことをもって最上とするものです。

以前にも何度か書きましたが、昭和のはじめ、世界の2強だった英国と日本は同盟関係にあった。

いわば、日英同盟は、さしづめ米ソ同盟のようなものです。
この段階では、誰も日本に敵わない。

東亜進出をもくろむ米国やドイツ、ソ連は、なんとかして日本の弱体化を狙い、軍縮を日本に飲ませ、英国に日英同盟を破棄させ、代わりに米英同盟が締結された。

この時点で、日本は、軍事弱国になってしまっていた。
それが昭和5年です。

そしてわずか7年後には、日本軍は支那兵にさえ舐められ、支那のあちこちで日本人に対する残虐行為が行われた。

そしてとどのつまりが、上海にいたわずか4千名の海軍陸戦隊への国民党軍精鋭5万による攻撃です。

やむなく日本は、支那への派兵をした。
待ち受ける蒋介石国民党軍は、なんと60万の大軍を持って、日本軍の上陸を待ち伏せた。

日本陸軍は、それをたいへんな苦労をして破り、海軍陸戦隊を助け出し、そして南京に転進した。

南京城に籠る国民党軍10万。
日本軍10万。

攻城戦では、城内に籠る側が圧倒的に有利なものを、日本軍はわずか二日でこれを攻略。

南京城内の治安を回復し、そして翌月には全員去って行った。

疾(はや)きこと風のごとく
徐(しず)かなること林のごとし
侵略すること火のごとく
動かざること山のごとし。

日本政府が軍事をおろそかにし、軟弱外交で、かえって外地にいる邦人の苦境を招いた中で、私たちの若き日の父祖たちは、まさに風林火山を地で行くような素晴らしい戦いをし、無政府状態の支那の治安を回復し、平和をもたらすための努力をしたのです。

大陸に赴いた日本の軍人を、ボクは誇りに思います。

※ 南京城攻略戦の記述については、冨澤繁信先生の書かれた、日本「南京」学会会報第35号、再び南京戦を問うー正しく南京事件を理解するために-を参照させていただきました。


注:ねずきち氏のサイトのコピ-ですが、これで南京事件は捏造だと理解できると思います。

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南京虐殺のねつ造

http://nezu621.blog7.fc2.com/

一部省略

結論からいえば、南京で「事件」と呼べる虐殺など、まったく存在しない。
現場の実情を克明に分析すれば、そんなことは「起こりえない」ということがはっきりする、ということです。

以下にその詳細を述べますが、まじめに見て行けばいくほど、日本軍は実に規律正しく整然と行動しています。
まさに、後世の私たちにとって、誇るべき皇軍兵士そのものであった。
南京事件など起こりようはずもない。

南京での虐殺行為が「あった」とする人々の論調は、南京戦の各段階の戦局を脈絡なくとりあげて、日本軍が住民や捕虜、敗残兵をいたるところで虐殺したかのように解説しています。
けれども、南京戦を時系列で、つぶさに検証すれば、そのような虐殺など、しようもないし、起こりようもなかったという事実が、克明に導き出される。

そのことを、冨澤先生は明確に証明なさっています。

以下は、冨澤先生が、日本南京学会の会報に掲載された「再び南京戦を問う」をベースに実際に冨澤先生が語られた内容を、ボクなりに整理したものです。
みなさまにも、ぜひ、ご一読願いたいと思います。

~~~~~~~~~~

さて、その本題にはいるまえに、先に、なぜ南京戦に至ったかから、おさらいしておこうと思います。

南京攻略戦は、支那事変の初期に行われた戦闘です。

最近の歴史書などを見ると、「支那事変」と日本が規定し世界が認めた「事変」について、これを「日中戦争」と表記しているものが多いようです。
まず、ここからして間違いです。

そもそも「日中戦争」という用語自体が歴史に存在しません。
日本は、外国との戦争に際しては、つねにきちんと「宣戦布告」を行っています。
これは日本武道の精神です。
何事も礼にはじまって礼に終わる。
これは我が国の美風です。

支那事変に際しては、日本も、日本の敵となった支那国民党も、互いに宣戦布告を行っていません。
日本は、さんざん支那国民党に戦闘を徴発され、軍人が支那人によってなぶり殺しされ、女子供まで暴行虐殺され、まさにやむを得ず自警のために戦いに臨んでいます。

戦争というものは、国家対国家の紛争解決の最終手段です。
だから戦争の反対語は、平和ではなくて国家対国家の「話し合い」です。

そして昭和12年の段階で、国際的に承認された政府としての中華民国は存在していません。
当時、中国にあったのは、千路に乱れた軍閥の割拠であり、臨時政府を名乗っていたのも、この時点で中国国内には2つも3つもあった。
そしてそのいずれもが、「国家」として機能する段階に至っていなかったし、国際的に承認された「国」は、支那の大陸内に存在していなかった。

日本は国際的に承認された「国」です。
しかし日本が対処に立ち上がった相手は、蒋介石率いる「国民党」という軍閥でしかなかった。

当時の支那は、いまでいったら、ソマリアのような無政府状態にあったわけで、その中の国民党といういち政党ないし軍閥が、日本に対して敵対行動に出て治安を乱したから、やむをえず日本は派兵を決定したのです。

仮にいま、どこかの国、たとえば米国がソマリアに軍を派遣し、そこでソマリアの海賊とドンパチやったとしても、それは「米対ソマリア戦争とは呼びません。
せいぜい、「海賊退治」です。

同様に当時無政府状態にあった支那において、日本と敵対行動をとる一部勢力があったから、日本はこれを誅した。
だから、それは「日中戦争」などと呼べるようなシロモノではなく、まさに「支那事変」と呼ぶのが正解です。
ボク的には「蒋介石軍閥退治」と呼びたいほどです。

さらに、最近の教科書は、その『日中戦争』なるものが、昭和12(1937)年7月7日の盧溝橋事件に端を発すると書いてあります。これも間違いです。

歴史というものは、常に流れの中にあるものです。
特定の事件が突発的に起こるようなものではありません。
ですから盧溝橋事件が支那事変のきっかけではない。
それをいうなら、通州事件はどのように位置づけるのか。
どうにも戦後の自虐史観というのは、矛盾に満ちています。

そこで、本題の「南京城攻略戦」に入る前に、そもそもなぜ支那事変に至ったか、についておさらいしてみたいと思います。

最近では、中華民国は、明治44(1911)年の武昌起義に始まる辛亥革命で、大正元(1912)年1月1日に南京において成立したと記述するものが多いです。
けれど、辛亥革命における中国国民党と、その後蒋介石に率いられた国民党とは、かならずしも連結したものとは言い難い。

このことを歴史の順にみていきたいと思います。

まず、大正元(1912)年1月1日に南京において成立した中華民国は、あくまでも中華民国「臨時政府」です。
実際、孫文は、そのように名乗っています。

この時点では、まだ支那を代表する正式な政府として、北京に清王朝がなお存続していたのです。
ですから南京にある中華民国臨時政府は、国際的に承認された政府ではなく、とりあえず勝手に政府と名乗っていたにすぎません。

もっといえば、中華民国臨時政府は、清朝がまだ存続している状況の中にあって、孫文らが武装蜂起して南京を占領し、ただ勝手に「臨時政府を勝手に名乗った」だけ、という情況です。

もし、当時の中華民国臨時政府を、正式な「国」とみるというならば、平成23年のこんにちにおいて、南ベトナム臨時政府、満州国臨時政府などが現に存在しているけれど、それらも「国」である、としなければおかしい。

なんとなれば、ボクがいま、日本の心をつたえる会を、たとえば、「日心国臨時政府」と名乗ったら、それが世界が承認する公式な「国」ですか?ということになる。
そんなバカな話はない。

さて、南京に成立した臨時政府では、孫文が臨時総統に就任しています。
これもあくまで孫文は「臨時」と名乗っています。

なぜかというと、孫文ひきいる南京臨時政府は、この時点ではまだ「中国を代表する政府」となるために必要な力が不足していたのです。

そこで孫文は、当時の中国で最も強力な軍事力を持っていた清朝の将軍、袁世凱に、「自分たち臨時政府の仲間になってくれるなら、中華民国臨時政府の総裁の地位を与えます」ともちかけます。
孫文は、末期的症状を呈する清王朝を廃して、なんとしても共和制の民主国家を作りたかったのです。

要するに、孫文は、自らが大総裁となることよりも、実をとろうとしたのです。

ところがです。

臨時大総統に就任した袁世凱は、民主的内閣の組成を図ろうとする臨時政府の要人(宋教仁)など、「臨時政府」の要人を片端から暗殺してしまいます。
さらに統治の拠点も、孫文らがいる南京から、自分のいる北京に勝手に移動させてしまう。
そして国民党内に独裁体制をひいてしまったのです。

そして、大正5(1916)年には、帝政復活を宣言して国号を「中華帝国」に改め、自ら中華帝国皇帝に就任した。

あとは、新皇帝となった自分に逆らう者を、片端から誅殺すれば、革命は完成し、袁世凱総裁が皇帝を勤める「中華帝国」が成立すると、袁世凱は踏んだわけです。

ところが、です。
ここで袁世凱に、とんでもない判断ミスが露呈します。
自分に敵対する者を誅殺しようと思ったら、袁世凱のまわりは、みんな「敵対する者」だった。
つまり、袁世凱の皇帝就任を喜ぶものが誰もいなかった。

やむなく袁世凱は大正6(1916)年に帝政復活の取消を宣言するのだけれど、一度出した「皇帝宣言」を、みずから撤回してしまいます。
こうなると、袁世凱の権威もなにもあったものではない。
袁世凱は、権威を失墜し、そのまま同じ年の6月に病死(これもあやしいけれど)してしまった。

袁世凱の没後、支那はふたたび、国を代表する統一政府が存在しない状況となります。
要するに中国は、大正6(1916)年、ふたたび無政府状態となったのです。

この頃孫文はどうしていたかというと、袁世凱が中華民国臨時政府の大総統に就任したあと、清王朝の追及の手を逃れるために、大正2(1913)年から、大正5(1916)年まで、日本に亡命しています。
清王朝はまだまだ健在だったのです。

ところが袁世凱が何をトチ狂ったか、中華帝国皇帝なんぞと言い出したものだから、これはイケナイ!と、孫文は支那に戻ります。
そもそも孫文は、「共和制」の民主国家を築こうという理想を持っていたのです。
それが「中華帝国」では、ハナシガチガウではありませんか。

で、支那国内で、あちこち駆けずり回った挙句、大正8(1919)年に「中国国民党」を再旗揚げします。
いちど「国民党新政府」を立ち上げた孫文が、またあらためて「新政府」を作ったわけです。

いまの日本にたとえれば、民主党を立ち上げた小沢○郎が、内閣総理大臣に奸直人を就任させたら、支持率ゼロパーセントになっても総理を辞めない、自分は日本帝国初代皇帝であると名乗った。
これではイケナイと、小沢○郎が、あらためて「別な」民主党を立ち上げた・・・というような状況です。

要するに昨今、中華民国政府の成立を大正元(1912)年としているものが多いけれど、これは、のちに続く支那事変を、あたかも国家対国家の戦争であったかのごとく偽装するための、かなり意図的なインチキでしかないです。

孫文は、大正8(1919)年に「中国国民党」を立ち上げて、初代党首に就任したはいいけれど、できて間もない大正14(1925)年に、わずか59歳で逝去してしまいます。

どうもこのあたり、袁世凱といい、孫文といい、あまりに都合よく亡くなっているのですが、こういうところが支那の歴史の不思議なところで、一部には毒殺説なども、まことしやかにウワサされていた。

さて、孫文の死後、国民党を引き継いだのは、国民政府常務委員会主席・軍事委員会主席だった汪兆銘(おうちょうめい)です。

汪兆銘という人は、たびたびフランスに亡命していたインテリで、孫文がなくなるときの遺書も彼が起草している。名文です。汪兆銘の知性がうかがえます。

ちなみに、この時点では、後に国民党総裁となる蒋介石(しょうかいせき)は、まだ単なる北京で粘っている袁世凱の残党狩りをする「北洋討伐軍の司令官」にすぎません。

さしづめいまの日本で言ったら、総理亡き後の副総理が汪兆銘で、蒋介石は自衛隊の北部方面司令官といった位置づけでしかない。身分の開きは天と地ほどもある。

ところがここにやっかいな問題があります。
孫文は、袁世凱等の中国国内の軍閥と対峙するために、その軍事支援を、当時覇権主義、軍国主義を貫いていたソ連に依頼していたのです。

おもしろいことに、だから孫文が存命中は、中国共産党の党首・毛沢東も、孫文率いる国民党の党員として参加しています。
すなわち、汪兆銘が引きついたばかりの国民党内に、毛沢東ら中国共産党メンバーも、いる。

ここに後々大きな問題となる亀裂が走ります。

支那が欧米列強に蹂躙され、支那人たちが列強の奴隷となるか、それとも統一中国を建設するために、右も左も一体となって力を合わせるか。

孫文は、一体化論者です。
当然、後任の汪兆銘も一体化論者です。

新たな統一中国を築くのです。
いまは、同じ中国人同士で、共産主義者だの、自由主義者だのと争っている場合ではない・・・けだし当然です。

ところが、こうなると都合の悪い人たちが出ます。
欧米列強です。
欧米列強にしてみれば、中国が自己溶解(メルトダウン)してくれれば、シメタモノです。

このため、裏から資金を得た扇動家たちが、国民党内で、しきりに「共産主義者が国民党内にいるのはオカシイ」と言い出します。
いまの日本で、保守の大同団結を説けば、必ず「奴は何々論者だ」といたずらに対立軸をあおる連中が騒ぎ立て、保守の分裂をいざなうようなものです。

とりわけ北洋討伐軍司令官だった蒋介石は、国民党最大の兵力を持っています。

彼(蒋介石)は、大正15(1926)年3月、国民党海軍局所轄の軍艦「中山」が、ソ連の軍事指導者や共産党幹部らを乗せて広州湾に表れたのを奇禍として、この船は自分を拉致しに来たのだ騒ぎ立て、艦を襲い、艦長や乗船していたソ連の軍事顧問団を、全員逮捕し、広州全市に戒厳令をひいてしまったのです。
これを「中山艦事件」といいます。
(戒厳令=一切の法の執行を停止し、すべてを軍の指揮下に置くこと)

無政府状態の中国にあって、新しい政権を打ち立て、諸外国の承認を得て新国家を建設しようという政党が、外国との間で紛争を起こしてしまったのです。

事態を憂慮した汪兆銘は、やむなく事件の責任をとって、党の代表の座を辞任します。
そして自分が院政を引いて実質的に幹部として国民党を牛耳っているという誤解を諸外国に与えないよう、彼はフランスに亡命する。

問題を起こした以上、責任を取っていさぎよく代表の座を降りる。
汪兆銘の態度は、実に潔い日本的態度です。

本来なら、ここで初代大総統の孫文、二代目大総統の汪兆銘と、国家の理想を同じくする三代目が就任するはずだった。

ところが、軍事力をバックに権力の座にしがみつこうとする蒋介石を、列強はほっておきません。
なんやかやと蒋介石に利便を与え、結局、蒋介石が国民党軍事委員会主席に就任し、党の実権を(軍事的に)掌握してしまった。

このあたりの蒋介石の動きは、実にうさんくさいです。
当然、国民党内部にも、不満の声が高まり、あらためて汪兆銘の帰国を求める声が大きくなった。

汪兆銘は、請われてフランスから帰国します。

そして多くの民衆が支持する汪兆銘が、武漢に「国民党政府」を、蒋介石が南京に「国民党政府」を樹立した。
つまり、この時点で、「国民党」が、2つできたのです。

平和を求める汪兆銘に支持者がたくさんいたのは、当然のことです。

汪兆銘には人望があります。
代わって強硬路線の蒋介石には人望がない。

人望はないけれど、蒋介石には圧倒的な軍事力があります。
そして軍事力は、民衆の声を圧倒する。

蒋介石は軍事力を背景に、汪兆銘の南京国民党に迫ります。
結局、昭和2(1927)年8月、南京国民党を支配下においてしまった。
支配下に入らなければ、南京の住民を殺すというのです。
汪兆銘にしてみれば、やむをえない。

南京国民党を支配下に置き、実質的に国民党の支配者に君臨した蒋介石は、こんどは自分の地位をさらに確固としたものにするために、同年12月に、孫文の妻・宋慶齢の妹(宋美齢)と強引に結婚してしまいます。
これで蒋介石は、孫文と義理の兄弟となった。
血統がつながったわけです。

ちなみに、宋美齢は、蒋介石と恋愛関係で結ばれたわけではありません。
蒋介石は、前々から宋美齢に気があったらしく、以前にも求婚しています。
けれど、宋美齢から、こっぴどくフラれている。

後日談になるけど、蒋介石率いる国民党軍隊は、大東亜戦争が終わると、それまで売るほど米英からもらえた軍事物資の供給が途絶えます。
要するに、彼は米英が中国支配、すなわち中国人を奴隷化し、支那を植民地にするために、いちばんの障害となる日本への「噛ませ犬」として使われただけなのです。

日本との戦争が終われば、蒋介石は「用済み」です。
一瞬にして、彼の軍団への米英から物資の供給は途絶えた。

一方、大陸にいた日本軍が武装解除に応じたため、旧日本軍の所持していた大量の武器弾薬が、ソ連を経由して中国共産党に与えられます。

武器をふんだんに与えられた中国共産党、
武器の供給が絶えた蒋介石率いる国民党。

国民党は一瞬にして支那大陸を追われ、台湾に逃げ込み、そこを支配下に置きます。
そのとき、蒋介石と離れて、大陸に留まった宋美齢は、蒋介石のことをボロカスに言っています。
明らかに、蒋介石と宋美齢との結婚は、蒋介石の権力のための偽装に近い結婚だったわけです。

さて、南京政府を陥した蒋介石は、ここで中国国民党「主席」に就任する。
まあ「就任」した、というより、「名乗った」と言った方があたっているかもしれない。

国家主席に就任した蒋介石は、昭和5(1930)年から、中国内部の共産党員に対して、5次にわたる大規模な粛清を展開します。
共産主義者を見つけ次第、片端から殺しまくったのです。
これは一種の魔女狩りで、あの人は共産党らしいという噂があったら、即、ひっつかまえて殺した。

後日、日本の軍人が南京で中国人を射殺している動画として世界的に報じられた映像も、周辺部分を拡大してみると、このとき蒋介石軍が、共産党員狩りをしていたときのものであることがわかります。

とにかく共産党員である、とわかれば、即、蒋介石軍によって逮捕され、射殺されるのです。
いわば魔女狩りに等しいわけで、しかも裁判もなしで、いきなり殺していった。
こりゃタマランと、中国共産党の党首である毛沢東は、中国の奥地に逃げ込んだ。

これが世にいう「毛沢東の長征」です。

どうも、共産主義者とかサヨクとかいう連中は、こうした言葉の遊びがすぎるようです。
「長い征伐の旅」だから「長征」などと言ってますが、自分たちが征伐する旅ではなくて、自分たちが征伐されたので旅に出た「長い逃避行」にほかなりません。

ただ、毛沢東らはこのとき、中国奥地の農村部で、武器も持たず、事情もわからない農民たちに、共産主義思想を植え付け、食糧などを徴発し続けた。
とにかく君たちが貧しいのは、中央で贅沢三昧している連中がいるせいなのだ。打倒ブルジョア!!などとやったものだから、事情をしらない農民たちが、ずいぶんと騙されて共産党員になった。

おかげで毛沢東は次第に勢力を増し、昭和6(1931)年には、江西省に「中華ソビエト共和国臨時政府」を樹立するまでになっています。
とにかく、しぶとい連中です。

けれど、蒋介石の国民党軍の追及も、同時にすさまじいのです。
毛沢東の共産党は、ついに壊滅寸前にまで追い込まれる。

このままでは、中国国内に播いた共産主義の種が消えてなくなってしまいます。
このことを案じたのが、ソ連のスターリンです。

あわよくば、中国を共産主義化させて、支配下に置こうと思っているのです。
なんとかして、中国国民党と中国共産党を統合させなければならない。

それには、毛沢東の中国共産党と、蒋介石の国民党軍に、共通の「敵」を与えることです。

そうです。日本です。
ソ連にとっても、日本は邪魔なのです。

壊滅寸前の毛沢東は、もちろんこれにOKです。
ところが、これまで共産党相手に戦ってきた(実際には共産党員を摘発、処刑してきた)蒋介石にしてみれば、おいそれとこれは飲める話ではない。

そこでソ連は、中国共産党をけしかけて、蒋介石率いる国民党と、日本が戦闘状態になるように仕向けます。

ソ連にしてみれば、それしか選択肢がない。
なぜなら、当時の中国は、いまのソマリアのようなもので、要するにいくつかの自称「政府」と称する者たちが、ドンパチやっている内乱状態です。

とりわけ軍事的に中国国内で一歩も二歩もリードしているのが蒋介石率いる国民党で、国民党のバックには、米英がついている。

なかでも米国は、日本の満州経営を見て、何にもない荒れ果てた曠野(こうや)が、みるみるうちに肥沃な農地に変わっていく様子を見ています。
なんの取り柄もないただの荒れ果てた大地が、日本の応援によって、みるみるうちに肥沃な農村地帯に変わっていくのです。

そのやり方を真似て、人口が多くて土地が広い中国で植民地経営をすれば、米国は中国で農場経営をするだけで、世界の食卓を席巻できる。大儲けできる。
太平洋の島々と島々が乱立するフィリピンくらいにしか植民地がなかった米国にしてみれば、中国はよだれが出るくらいに欲しい。

一方、インドを植民地に持つ英国にしてみれば、中国がソ連に侵されれば、インドも危なくなる。
ならば中国に露骨に垂涎を流す米国と同盟し、中国国民党に武器や食料を援助することで、防共の防波堤とすることには、大きなメリットがある。

米英の利害は一致していたのです。
だから米英は共同で蒋介石に軍事物資や糧食を与え続けていた。

その蒋介石軍を、中国内部の共産主義者相手ではなく、日本と戦わせれば、ソ連にしてみれば中国国内の共産党勢力を温存できるだけでなく、日本との戦いで国民党が滅んでくれれば、代わって中国を仕切るのは中国共産党です。
そうなれば、ソ連は、まるごと中国をGETできる。
これは一石二鳥です。

この頃の中国には、世界11カ国が、兵を出しています。

なにせ、ソマリアのような内戦状態なのです。
治安維持のため、各国は軍を派遣しています。

けれど、ソ連にしてみれば、米英やフランス、イタリア、ドイツ等の欧米諸国と国民党を争わせれば、それぞれの国から怨みを買い、下手をすれば欧州諸国がソ連に敵対することになる。

ねらい目は、欧米列強にとって邪魔な存在、イエロー(黄色人種)のくせに、人種の平等やアジアの植民地支配からの脱却を目指すなどと小賢しいことをやっている日本です。

米国にとっても、中国を植民地にするうえで、日本は邪魔な存在です。
ソ連にとっても、日本をスケープゴートにすることは、メリットのあることです。
世界の利害は、こうして国民党と日本とを戦わせるという方向に一致していきます。

けれど日本は、あくまで八紘一宇のために活動しています。
八紘一宇というのは、「世界はひとつの屋根の下(ひとつの家族)」という意味の言葉で、神武天皇が唱えられた言葉です。
いくら徴発しても、日本は、容易に戦端を開かない。

少々のことをしても日本が戦端を開かないなら、もっとむごい目に遭わせてやれ!

街を車に乗って走行していただけの日本軍人を、いきなり銃で撃ち殺す。
街を歩いていただけの日本人の兵隊を、いきなり裸にし、ボコボコにして残酷に殺す。
こうして、支那国内にいる日本人を狙って、ありとあらゆる挑発行為が、なされます。

そして昭和12(1937)年7月7日、盧溝橋爆破事件が起こる。

さらに7月26日、広安門事件が起こる。

広安門事件というのは、国民党軍の依頼を受けて広安門居留民保護に駆けつけた日本兵が、広安門で国民党兵に襲撃されたという事件です。

これなどもまったくもってひどい話で、日本は中国側の市当局の依頼を受けて、日本人居留民保護のために軍の兵士を26台のトラックに分乗させて現場に向かったのです。

城砦都市の門が閉められていたので、城砦側の国民党と交渉し、ちゃんと了解を得て、門を開けてもらい、トラックを中に進ませた。

すると、半分強のトラックが城門をくぐったところで、突然、城門が閉ざされた。

城門をくぐるトラックというのは、門の外で終結し、一台ずつ城門から城内にはいります。
城内に入ったトラックは、後続車を待つために、門の内側に集結している。

つまり、塀の高い城門の、中と外に日本兵の乗ったトラックが分断された状態で集結している・・・そういう情況で、突然城門が閉ざされ、城門の上やら、塀の上から、不意打ちに国民党軍が手榴弾や機関銃で猛射を浴びせてきたのです。

この事件で、日本側は、兵士15名が死亡。
他に民間人の通訳、新聞記者など4名、合計19名の命が失われています。

そしてきわめつけに起こったのが7月29日の通州事件です。

この事件は、支那軍が三千名の大軍で、過半数が婦女子だった日本人居留民420名を、深夜突然襲って、約230名を虐殺したという事件です。

この事件によって、日本の通州特務機関は全滅してしまう。
女性は子供から老婆まで全員強姦され、裸体のまま膣部にほうきを刺すなどして殺害されています。

腹から腸を出されて殺害されている婦女子。
針金で鼻輪を通された子供。
両手を合わせて針金を通されて結ばれ、10本の指を全部切断された子供など、酸鼻を極めた。

国家対国家の戦闘なら、宣戦布告したうえで、正々堂々とやればいい。
武装すらしていない女子供を捕まえて、あらんかぎりの暴行を加えるなど、言語道断です。

(通州事件については、
≪通州事件・・・「友愛精神」が招いた惨劇≫、≪通州事件を忘れるな(2)≫に詳述しているので、ご参照ください。)

これだけひどい目にあわせれば、日ごろ八紘一宇などと言って、平和を説き、戦闘非拡大方針を打ち出しているさしもの日本も、戦いの腰をあげざるを得ないだろう。そして日本が軍を上陸させるのは、上海に違いない。

蒋介石は、上海市から上海の港までのわずかな距離に、なんと2万か所ものトーチカを作り、そこに機銃を据えて、日本軍の到来を待ちかまえます。

日本は、8月11日になっても、それでもなお中国側に自重を求め、互いに争わないようにしようと粛々と話し合いの場をもとうとします。
ちなみに、「戦争」という言葉の反対語は、「平和」ではありません。
戦争とは、国家対国家の紛争解決の手段です。
であれば、「戦争」の反対語は「外交」であり、「話し合い」です。
「平和」の反対語は「戦火」もしくは「戦禍」です。

日本からの話し合いの要求を、蒋介石はことごとく蹴飛ばします。
そりゃあそうです。
十分に準備して、日本軍が攻めてくるのを、いまかいまかと待ちかまえているのです。
この段階で「話し合い」になど応じる必要は、蒋介石にはまったく、ない。

蒋介石は、公然と上海市内に5万の国民党兵を布陣させます。

8月13日、上海にいた日本海軍陸戦隊4千に向かって、突如、国民党軍が機銃掃射をしてきます。
5万対4千の戦いです。

加えて、国民党の5万の兵は、ドイツ式装備に身を固め、ドイツ人の指揮官に指導と訓練を受けた蒋介石軍の中の精鋭中の精鋭です。
誰が見ても、あっという間に日本側が壊滅してしまうだろうと思われた。

これに対し、兵力が10分の1以下の日本側4千には、貧弱な装備しかない。
圧倒的な火力、圧倒的な兵力をもって攻めてくる国民党軍に対し、日本の海軍陸戦隊4千は、果敢に戦い抜きます。

しかし、このままほっておいたら、果敢に防戦する日本兵4千は、矢弾尽きて全滅してしまいます。
そうしたら、通州事件の再来です。
たいへんなことになる。

ここに至って、やむなく日本は、日本人に非道の限りを尽くす蒋介石軍征伐のために陸軍に出動を命じます。
大将は松井石根陸軍大将です。


松井石根陸軍大将は、すぐに10万の上海派遣軍を編成し、現地に向かった。

上海派遣軍を待ち受ける中国国民党兵は、なんと60万の大軍です。
たかが支那兵と侮ってはいけません。
国民党軍は、世界最高水準の軍装を持つ最精鋭部隊、88師と87師を基幹とする第4路軍を上海に派遣したのです。
しかも、2万か所ものトーチカを配備している。

要するに、ありとあらゆる準備を整えて日本軍の殲滅のために待ち受ける蒋介石の精鋭60万の真っただ中に、松井石根大将率いる上海派遣軍は突入したのです。
ふつうなら、絶対に日本軍に勝ち目のない戦いです。

ところが、松井石根大将率いる上海派遣軍は強い。
ほんとうに強い!

死者2528名、負傷者9806名というたいへんな損害を被りながらも大奮戦し、ついに、11月9日までに上海の中国国民党兵20万を倒し、残り40万人の兵を潰走させます。
そして見事、日本海軍陸戦隊4千名を救い出した。事件発生から10日目のことです。
これが、「第二次上海事変」です。

ちなみに、このときの戦いで亡くなられた日本軍の兵士たちも、靖国神社に祀られています。
日本は、そうした多くの先人たちに守られて今日がある。

戦いが終わり、国民党兵士たちが去った後、上海に居住する外国人のための英字新聞は、次のような記事を載せました。

~~~~~~~~~~
国民党軍の撤退によって、上海に居住する数百万の非戦闘員(市民)の危険が非常に小さくなった。
我々は日本軍に感謝すべきである。
~~~~~~~~~~

実際、その通りであったことは衆目の一致するところです。


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先日の雪

東京も初めての雪景色、ベランダから眺める景色も一変しました。


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死秘義務は何所へ

「博士の独り言」より


本日驚愕する情報を得ました。親しい人間に生保の外交員(いわゆる保険のおばちゃん)がいるのですが、その者から直接聞いた噺です。保険業界もIT化、経費節減などで数年前からたいへんらしく、知人のように年配の生保レディなどはパソコン苦手なのに無理矢理教え込まれ、覚えが悪ければクビだそうです。

 なのですが、一旦契約を取れば後は事務所に契約書を持ち帰り事務職の人間が書類を処理する。・・・と当たり前に考えますが、今日彼女から聴いてびっくり(彼女も最近事務職の人間からこっそり聴いたらしい)ですが、N生命(一番大手)では全て煩雑な契約書、保全書類など手書き書類は大量に纏めて支那に送り、安い人件費で事務処理しているのだそうです。

もしもこれが本当ならば大変な事。

生命保険会社は、個人の情報を得ないと契約は出来ないのに、


死秘義務ではないのか。


契約者は会社を信頼して個人情報を書き込むのであり、他国・しかも一番危ない支那に、依頼するとは何事。


これでは降り込み詐欺は無くならないね。

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ウナギの卵を採取

http://sankei.jp.msn.com/life/news/110202/trd11020201190000-n1.htm
史上初 ウナギの卵を採取 資源保全や養殖技術向上へ マリアナ諸島沖
2011.2.2 01:17 (1/2ページ)
 日本列島から南に約2000キロのマリアナ諸島沖で、ニホンウナギの卵を採取したと、東京大と水産総合研究センターの研究チームが1日付の英科学誌「ネイチャー・コミュニケーションズ」に発表した。人類が初めて目にした天然ウナギの卵だ。世界的に激減しているウナギ資源の保全や養殖技術向上への貢献が期待される。

 東大大気海洋研究所の塚本勝巳教授らは2009年5月22日、グアム島の西のマリアナ海嶺(かいれい)南端の海山が並ぶ海域で、ニホンウナギの受精卵31個を採取した。卵は受精から1日半後には孵化(ふか)するので、船上で遺伝子解析を行い、ニホンウナギと確認。直径1・6ミリほどで、受精後約30時間。産卵水深は約200メートルと推定される。

 卵が採取されたのは新月の2日前。ニホンウナギは海山付近で新月のころに産卵するという塚本教授の「海山仮説」と「新月仮説」が完全に証明された。

 また、産卵期の親ウナギも捕獲され、ニホンウナギが複数回産卵を行うことや、オオウナギも同じ海域で産卵していることなどが分かった。

 水産総合研究センターは10年に、ウナギの完全養殖に成功しているが、稚魚(シラスウナギ)に育つ割合が低く実用化の壁になっている。天然ウナギの産卵生態や環境が分かると、最適な餌の開発などに生かせると期待される。

 古代ギリシャの哲学者、アリストテレスは「ウナギは泥の中から自然発生する」と書き残した。卵を持った親ウナギや、生まれてまもない稚魚が見つからなかったからだ。ウナギの産卵場所は、20世紀初めまで知られていなかった。

 1920年代に、大西洋のバミューダ島の南にあるサルガッソー海がヨーロッパウナギの産卵場所だと分かり、60年代からは太平洋でニホンウナギの産卵場所調査が本格化。2005年には塚本教授らが孵化後2日目の仔魚(しぎょ)(プレレプトセファルス)を採取し、マリアナ諸島沖の産卵場所を絞り込んでいた。

 南の海で生まれた仔魚は、北赤道海流と黒潮に乗って日本や台湾、中国、韓国の近海にたどりつき、シラスウナギに姿を変えて河川を遡上(そじょう)する。塚本教授によると、仔魚が採取される海域が南下する傾向があり、こうした変化がシラスウナギの資源量激減に関与している可能性がある。

くしくも3日は新月。

これは画期的な事で、長い事、産卵場所の確認が取れなかった。

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アジア杯日本が優勝

http://www.youtube.com/watch?v=YRR_R73etD8

昨晩の興奮がいまだ冷めずの状態です。

韓国戦の後味の悪さも、これで吹き飛びました。


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長友選手からのボ-ルを綺麗なボレ-シュ-トした李忠成選手


川島選手の活躍で無失点で抑えた。


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岡崎選手は新天地との契約が完了。


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選手の皆さま、感動と諦めないで戦う精神、学ぶ事も多く心から


ありがとうございました!!

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国旗国歌通達は「合憲」 都教職員ら逆転敗訴

国旗国歌通達は「合憲」 都教職員ら逆転敗訴

2011年1月29日(土)8時0分配信 産経新聞 


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 入学式や卒業式で国旗に向かっての起立や国歌斉唱を求めた東京都教育委員会の「通達」や「校長の命令」は、思想と良心の自由を定めた憲法に違反するなどとして、教職員ら395人が、従う義務がないことの確認や慰謝料を求めた訴訟の控訴審判決で東京高裁の都築弘裁判長(三輪和雄裁判長代読)は28日、「通達には合理性があり、思想・信条・良心などの自由を定めた憲法に反しない」などとして1審東京地裁判決を取り消し、教職員側の請求を棄却した。教職員側は上告する方針。

 都教委は平成15年10月、都立高校の校長に国旗掲揚、国歌斉唱やピアノ伴奏の実施方法を通達し、従わなかった教職員を懲戒処分にしていた。

 都築裁判長は通達について「式典の国旗掲揚、国歌斉唱を指導すると定めた学習指導要領に基づいている。一方的な観念を子供に植え付ける教育を強制するものではない」とした。

 判決は、国旗国歌法制定(11年)の前から日の丸が「国旗」、君が代が「国歌」であることは慣習法として確立していたと判断。「一律に起立、斉唱するよう求めた都教育長通達には合理性があり、思想・信条・良心などの自由を定めた憲法に反せず、教育基本法が禁じる『不当な支配』にも当たらない」とした。

 原告側は通達違反を理由にした懲戒処分などの事前差し止めも求めたが、「訴訟要件を満たしていない」と訴えを却下した。

 18年の1審東京地裁判決は「原告は起立や斉唱を強要され、精神的損害を受けた」としたほか、日の丸と君が代を「終戦まで軍国主義思想の精神的支柱だったのは歴史的事実」とし、原告側勝訴としていた。

【用語解説】国旗国歌訴訟

 平成元年の学習指導要領改定で、入学式などでの国旗掲揚、国歌斉唱を指導するよう明記。11年に日の丸を国旗、君が代を国歌と位置付ける国旗国歌法が成立した。だが、教職員が国旗掲揚や国歌斉唱に反対してトラブルになるケースが絶えず、東京都教委は15年、都立高校長らに「教職員は国旗に向かって起立し国歌を斉唱する」と通達、従わない場合は処分対象にすることも明確にした。通達や処分に反発した教諭らが訴えを起こしていた。

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後味の悪い「日韓戦」

アジア杯日本対韓国

ハラハラドキドキと延長戦&PK

川島が2本止めて「日本決勝へ」

翌日まで余韻が覚めなかった。

朝刊を広げて見ると、別の事で熱くなってる。

気がついた人はいたのかな・・・?


韓国の選手が「猿顔」をテレビカメラに向けたらしい。


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スポ-ツの世界の良い所は、国・人種を超えて競う所に妙味があるのに残念な行為。

国同士がたとえ対立していても、同じピッチに立ったら、スポ-ツ精神で挑んで欲しいものです。

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年金支給年齢を引き上げを検討

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110121-00000115-mai-pol

<与謝野経財相>「年金支給年齢引き上げも検討」と発言
毎日新聞 1月21日(金)21時21分配信

 与謝野馨経済財政担当相は21日、政府の新成長戦略実現会議で、「人生90年を前提にすると定年延長を考えないといけない。年金支給年齢の引き上げも考えなければいけない」と発言した。与謝野氏は6月までに政府案の策定を目指す「税と社会保障の一体改革」を担当しており、波紋を呼びそうだ。

 与謝野氏の発言は、経済成長を後押しするために高齢者の労働力を活用すべきだとの考えだが、一方で支給開始年齢を引き上げることで年金財政を改善させ、社会保障の財源に必要な消費税率の引き上げ幅を抑制する狙いがあるとみられる。

 現在、国民年金の支給開始年齢は65歳。厚生年金は段階的に支給開始年齢が引き上げられており、基礎年金部分で男性は13年度、女性は18年度から65歳からの支給となる。与謝野氏は会議後、「支給開始年齢の延長検討は、中長期の日本のビジョンとして述べたもので、一体改革で検討する旨を述べたものでは全くない」とのコメントを発表した。【谷川貴史、高橋昌紀】

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又、偽装餃子??

http://news.nicovideo.jp/watch/nw23328
「国産を中心にした豚肉」うたう餃子、実は中国産 クーポンサイト「品品」が謝罪
ITmedia News 1月18日(火)17時35分配信
餃子の販売ページの1つ

ITmedia News
 アライドアーキテクツは1月18日、同社が運営するクーポン販売・共同購入サイト「品品プレミアムモール」で販売した餃子について、材料に国産豚肉を使っているように紹介していたが、実際には豚肉を含め全て中国産だったことが判明したため、誤った記載があったとして謝罪した。販売元は出店停止とし、購入者には代金を返金する。

 餃子は、レイズヒル(神戸市)が運営する「神戸・香記」が販売元。販売ページの宣伝画像では「店長が自ら探し歩いた国産を中心にした豚肉はサッパリしてしつこくなく」などと紹介していた。12月に販売した30個入りは、通常価格2600円から61%引きの999円で、1900セットを販売。1月5日〜8日には、25個入りを通常価格2200円から97%引きの47円で販売し、各日100個ずつ、合計400個が完売していた。

 だが、到着した品物の外袋に「中国産」と書かれていたことがTwitterや掲示板サイトなどで写真入りで報告された。アライドアーキテクツにもメールやTwitterで購入者から指摘があり、販売元のレイズヒルを調査したところ、指摘が事実だったことを確認したという。

 アライドアーキテクツによると、餃子を販売した「プレミアムタイムセール」を実施する際、レイズヒルが運営する通販サイトから餃子の紹介画像を転載する形で品品の販売ページを作成した。だが、この画像は、レイズヒルが過去に国産豚肉を使った水餃子を販売した際のものだったという。実際に販売する餃子の豚肉は中国産だったが、画像の紹介文と異なることを「見極めることができませんでした」という。

 これまで、品品で販売する商品に関する販促文言や画像などは販売元サイトと照合して確認し、販売前に企業側の確認作業も通していたという。だが「これだけではチェック体制が不十分であったたため、今回の事態を招いてしまいました」と謝罪。今後は販売商品と出店者のチェック体制を強化し、業務体制を改善していくという。

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明けましておめでとうございます。

穏やかな天気に恵まれたので、近くの氏神様に初詣行ってきました。

今年はお参りするのにも、長い行列ができ、参拝まで時間がかかりました。

今年こそ、穏やかに過ごせ増すようにと祈念してきました。


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節操のない民主党

http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/101224/stt1012242029013-n1.htm
民主・岡田幹事長、たちあがれ日本に連立を打診
2010.12.24 20:29

このニュースのトピックス:民主党
 民主党の岡田克也幹事長が22日にたちあがれ日本の平沼赳夫代表らと会談し、連立政権入りを含む政策協議を打診していたことが24日、わかった。複数の両党関係者が明らかにした。

 たちあがれ日本の国会議員6人は全員が閣僚か政府高官の経験者。与謝野馨共同代表は11月18日に菅直人首相と会談している。

 ただ、たちあがれ日本の園田博之幹事長は「菅首相は信用できない。対峙が党の基本方針だ」と菅政権との連携に難色を示している。

 平沼氏周辺も「連携の打診を受けることは120%、ありえない。大義名分がない」と否定。たちあがれ日本の議員も「民主党政権を打倒するのが立党の精神だったはずだ」と反発している。

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東京都が朝鮮学校への補助金支出を中止へ

http://sankei.jp.msn.com/world/korea/101224/kor1012240201001-n1.htm
東京都が朝鮮学校への補助金支出を中止へ 全国初 (1/2ページ)
2010.12.24 02:00
 北朝鮮影響下の思想教育や反日教育が問題となっている朝鮮学校に対して、東京都が補助金の支出を当面中止する方針を固めたことが23日、分かった。今年度分の補助金は支給せず、年内に朝鮮学校の関係者に「適用除外」を伝えるとみられる。支出中止に踏み切るのは全国で初めて。朝鮮学校への補助金支出をめぐっては自治体で対応が分かれており、都が朝鮮学校への姿勢を明確に示すことで態度を決めかねているほかの自治体に与える影響は大きいとみられる。

 朝鮮学校は都道府県が各種学校として認可し、昨年度は各自治体が全国約70校(幼稚園から高校まで)に計約8億円の補助金を支出している。都は学校法人「東京朝鮮学園」が経営する都内の朝鮮学校10校に対し、毎年計約2400万円の補助金を支出してきた。

 都内には朝鮮学校を含めて27の外国人学校があり、都は毎年10月上旬から補助金の申請を受け、調査を実施してきた。

 しかし、今年9月に拉致被害者家族会が朝鮮学校への助成見直しを都に要請した際、石原慎太郎知事が「反日教育を行い、かつては拉致事件で朝鮮総連が動いた状況証拠もある。手当を出すことは外国では考えられない」として、見直しを示唆。都はすべての外国人学校に対する補助金申請手続きを一時的に凍結した。

 しかし、凍結状態が続けば「年度内に補助金の交付が難しく、学校運営が困難になる」(関係者)と判断。朝鮮学校を「適用除外」とし、ほかの外国人学校には申請手続き再開を通知することにした。

 朝鮮学校が除外された理由について、都は(1)北朝鮮による韓国・延(ヨン)坪(ピョン)島砲撃で政府が朝鮮学校の高校授業料無償化の運用手続きを停止するなど今後が不透明(2)補助金支出に関する議論が都議会でも続いている-などを挙げる。

 都などによると、大阪や北海道、千葉など9道府県が朝鮮学校への補助金の執行を留保し、茨城や広島など18県が支出、もしくは支出を予定している。

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もみ殻から資源

http://www.jiji.com/jc/c?g=ind_30&k=2010121100214
もみ殻から資源、100%再利用へ=シリカ抽出、肥料や電池素材に-大阪大
 米のもみ殻から高純度の資源「シリカ(二酸化ケイ素)」を抽出し、肥料やセメント原料、太陽電池素材などに100%近く再利用することに、大阪大の近藤勝義教授の研究グループが成功した。もみ殻自体をバイオ燃料として利用する方法も模索。2、3年後の実用化を目指しており、環境・経済両面に貢献する技術として期待できるという。
 農業廃棄物のもみ殻は国内で年間約300万トン、アジアなど主要な米生産地でも大量に産出されている。これまでも飼料や敷材に利用されてきたが、大半は野焼きなどで処分される。
 研究グループはもみ殻を酸洗浄、加熱し、安全で高純度の非結晶性シリカを抽出する技術を開発。再利用により、廃棄物からのほぼ完全な資源回収を実現した。
 シリカは、稲の収穫量と耐久力を向上させる肥料やコンクリート補強材、シリコン(ケイ素)型太陽電池の素材など用途が広く、近年では世界で年間5兆円以上の市場に成長している。
 エネルギー面でも、バイオ燃料のほか、もみ殻を固めてまきを作る装置を企業と共同開発。身近なストーブや釜などの燃料として、学校や自治体、飲食店で利用予定という。
 研究は産官学民で連携。米どころの東北から関東の農家や農協、近畿圏のメーカーなどで実験・開発を進めており、ミャンマーのヤンゴン工科大とは今年9月に共同研究協定を調印している。
 近藤教授は「シリカ中の超微量な不純物除去技術などまだ課題はあるが、早期の実用化を目指したい」と話している。(2010/12/11-15:16)

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夫婦別姓容認の提言を強行提出

民主党調査会、夫婦別姓容認の提言を強行提出 保守系議員の反発を「無視」
2010.12.2 22:34
 民主党の子ども・男女共同参画調査会(会長・神本美恵子参院議員)は2日、党政調役員会に対して、選択的夫婦別姓制度の導入を事実上容認する提言を提出し了承された。政府の第3次男女共同参画基本計画案への党提言の原案に当たるものだが、同日の調査会で保守系議員らが「世論を踏まえておらず拙速だ」などと反発し、議論が紛糾したにもかかわらず、提出を強行した形だ。

 提言は「男女共同参画会議の答申を最大限尊重して第3次基本計画を策定すること」と明記した。

 政府の男女共同参画会議は7月、「選択的夫婦別姓制度を含む民法改正が必要」とした「基本的な考え方」をまとめ、菅直人首相に答申。政府は年内に第3次計画を閣議決定するが、答申を「最大限尊重」することは、選択的夫婦別姓制度の導入を容認することを意味する。

 2日朝の調査会では保守系議員から「世論の動向を踏まえるべきだ」「社会の仕組みの根本にかかわる問題だ」「夫婦別姓の長所、短所をちゃんと検討しているのか」などの反対の声が相次いだが、調査会役員は「世論にばかり左右されるものではない」として、神本氏への一任をとりつけ、提出を強行した。


旧ソ連の家族破壊はどう行われたか


 1917年、ロシアの共産革命によって政権を掌握した共産党及び革命政府の施策は多くの抵抗に遭遇した。ソ連政府はその原因を家族、学校、教会にあると考え、革命を成功させるため、家族の絆を弱め、教会を破壊し、学校を革命の担い手に変えることとした。「旧秩序の要塞・伝統文化の砦」とされた家族に対する攻撃は次のように行われた。
 一、従来、法律婚の要件とされていた教会での結婚式を不要とし、役所での登録だけで婚姻の効力が生ずるものとした。
 二、離婚の要件を緩和し、当事者合意の場合はもちろん、一方の請求だけでも裁判所はこれを認めることとした。
 三、犯罪であった近親相姦、重婚、姦通を刑法から削除した。
 四、堕胎は国立病院で認定された医師の所へ行けば可能となり、医師は希望者には中絶手術に応じなければならないことになった。
 五、子供たちは、親の権威よりも共産主義のほうが重要であり、親が反動的態度に出たときは共産主義精神で弾劾せよ、と教えられた。
 六、最後に、1926年には、「非登録婚」も「登録婚」と法的に変わらないとする新法が制定された。
 この結果、一、同居、二、同一家計、三、第三者の前での結合宣言、四、相互扶助と子供の共同教育、のうちの一つでも充足すれば、国家はそれを結婚とみなさなければならないこととなった。
 これにより、「重婚」が合法化され、死亡した夫の財産を登録妻と非登録妻とで分け合うことになった。
 こうした反家族政策の狙いどおり、家族の結びつきは1930年頃には革命前よりは著しく弱まった。
 しかし、彼らが予想もしなかった有害現象が同時に進行していた。1934年頃になると、それが社会の安定と国家の防衛を脅かすものと認識され始めた。すなわち、
 一、堕胎と離婚の濫用(1934年の離婚率は37%)の結果、出生率が急減した。それは共産主義国家にとって労働力と兵力の確保を脅かすものとなった。
 二、家族、親子関係が弱まった結果、少年非行が急増した。1935年にはソ連の新聞は愚連隊の増加に関する報道や非難で埋まった。彼らは勤労者の住居に侵入し、掠奪し、破壊し、抵抗者は殺戮した。汽車のなかで猥褻な歌を歌い続け、終わるまで乗客を降ろさなかった。学校は授業をさぼった生徒たちに包囲され、先生は殴られ、女性たちは襲われた。
 三、性の自由化と女性の解放という壮大なスローガンは、強者と乱暴者を助け、弱者と内気な者を痛めつけることになった。何百万の少女たちの生活がドン・ファンに破壊され、何百万の子供たちが両親の揃った家庭を知らないことになった。

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